あたらしく生まれてくる何か 

クリスマスイブなのに体調が悪い。のどがいたいし咳が出る。風邪だと思った瞬間負けだから、ただ単にのどが痛いだけと思うことにした。本当はアルプラザにwiiのが買える抽選券を並んでももらいに行くはずだったのだが、体が言うことを聴かず寝坊して行けず。神様がそんなもん買うなということだろう。

午後になって子どもたちはラボのクリスマス会でMテューターの家へ出かける。今が睡眠のチャンスだと思いきや、電話が鳴って家の用事をしているとあっというまに4時。クリスマスの食事は僕が作ることになっているので、近商まで買い物に。車が無いので自転車で。諦めていたけれど鳥がまるまる一匹売っていたので、とたんにやる気が出てきて体調復活。ローストチキンまるまると、妹が送ってきた車えびのエビフライ、サラダ、コーンスープを作って一丁上がり。

えびは生きたままおがくずに入ってやってくる。箱を開けるとピチピチと猛烈な勢いで飛び出してくる。開封すると「えびが飛び跳ねることがあります。おがくずが飛び跳ねることがありますので新聞などを広げて取り出してください。」との文章を書いた紙が入っている。はっきり言って、そんな生易しいものでなく、かなり勢いよくえびが襲い掛かってくる、直接手で捕まえるとえびって結構とがっているので痛い。ほぼ生きたままフライにするので、料理というよりは格闘に近いのだが、頭までパリッとととてもおいしくいただけたので満足だ。
[ 2006/12/24 23:05 ] いろいろ | TB(0) | CM(5)

久々のオフ 

そういえば直島に社員旅行に行って以来まったく休んでいない。体と精神が疲労で一杯一杯だと悲鳴を上げている。今週はいろんなことがありすぎて収集がまったくついていない。いいこと半分悪いこと半分。いや、最高なこと半分最悪なこと半分か。こういうときは仕事がどうなろうが休むに限る。きっとなんとかなる。

久しぶりに料理を作ってみた。ブリ大根、お揚げさんといわしのつみれの煮物、実家から送ってきたローストポーク、ほうれん草のおひたし。おひたしは、息子のリクエストで、「ポパイみたいやな」といったら「ポパイなんてしらん」と返ってきた。最近ポパイ見かけないもんな。ともかくブリ大根はかつおだしをとって、お揚げさんのほうはいりこだしでだしをとったのだが、揚げにはいりこだしが合うなあ。なんかおいしかったので、ついついだしをとる前のいりこをかじかじと何匹もかじる。体がカルシウムを欲しがっているのだろう。隣で息子もかじかじといりこをかじる。どんなにしんどくても子どもといりこさえあれば。
[ 2006/12/23 22:13 ] いろいろ | TB(0) | CM(0)

はりねずみカメラ 


例のカメラで撮った写真が上がってきました。こちらは草間弥生の南瓜を娘がフェリーの上から撮影。70年代のような雰囲気がなんともいい味があります。こうなるとデジカメにはない面白さが、写真を撮る楽しさが蘇っきて、現像に出さないと分からないどきどき感を久々に味わってしまいました。

で、こちらが息子撮影によるネコ。町田康みたいかも。息子のほうが撮ったものは撮影時にほぼぶれてしまっているのですが(お姉ちゃんのほうはしっかり安定している)、それもまた味。プリント代が60円と高いのが痛いですが、カメラ自体は安いので皆さんもぜひお試しあれ。

[ 2006/12/22 12:12 ] いろいろ | TB(0) | CM(3)

わたしを離さないで - カズオ イシグロ  

直島の地中美術館で見たジェームス・タレルの作品「オープン・フィールド」は、まったくぼんやりと輪郭の分からない空間に入り次第に様子が掴めてくるまで、いままで体験したことの無い不思議な不安が襲ってくる。同じく「南寺」では、漆黒の闇に連れられて、出口がぼんやり見えてくるまでのどうしようもない不安定な時間が空間となって場を支配する。カズオ・イシグロの最新作は、そんな離れ業を小説の中で成し遂げた傑作である。

もともと、彼の作品は異国情緒と白昼夢が交錯する世界観で構成されているのだから、本作もSF的に見えるのは当然かもしれない。読み進めるにしたがって徐々に徐々に浮き出てくる全体像は、緻密な情景描写によるもので、「オープン・フィールド」で体験できる次第に全体が理解できる性質と、「南寺」での出口が見えるまでの不安定に加え、その出口が見えたり全体が見えたところに、さらに行き場のない世界を準備してあるところが壮絶で圧巻である。深い霧で覆われた悪夢とでも呼べばよいのか。

小説の不自由は「ページをめくって順番に読む」という手順にこそあると思うのだが、それを逆手にとってページを順に読むこと自体に仕掛けを施してある、しかも緻密でいて乱暴ともいえるようなオーラをまとっているこの本は、小説の可能性は無限大だということを証明してくれる。
[ 2006/12/21 00:13 ] | TB(0) | CM(0)

オーバーフロー 

ソフトウエアが処理をしきれなくなったときに、吐き出すオーバーフローエラーがある。不安定な時代のMacOSとかWindowsとかならハングアップ、フリーズしているようなエラー。私の中でも最近、オーバーフローが起きている。人間にもCD-Rドライブのようにバッファ・アンダーランを防止する装置がついているといいのに。他人がどう思っているかは知らないし知ったらショックだと思うので、こちらから言っておくと、私は効率よく物事を動かすということにきっと向いていない。仕事が多くて処理が出来ないというより、興味があらゆる方向に向いてしまっていてまったく収集がつかないとでもいったほうが正確だろう。建築、いろんなデザイン、音楽、本、漫画、ゲーム、PC、WEB、それから子ども、犬、料理、エントロピーとエンゲル係数は増大する一方だ。

三つ子の魂百までとはよく言ったもので、小学生のときに通知表に書かれた「成績に問題はありませんが、落ち着きがありません。」という言葉に人生が集約しているようで恐ろしい。分裂症気味というか、引きこもり的な素養を持っていることを自覚しつつ、人とコミュニケーションをとることが大好きだったりする。相反するものが同居し得るということ、あるいは内部が外部であったという反転、そんなことを考えてみると、人生すべて考えようによってのみ良し悪しが支配されているのだと思う。だから物事を悪く考えること自体が無駄な行為であって、すべからく良し/悪しという二分法、バーチャル/リアルを分ける二分法みたいなものは便宜的でしかない。既存の思考法を突き抜けた位置に自分を持っていくように努力していこうと思う。
[ 2006/12/20 23:29 ] いろいろ | TB(0) | CM(0)

The Best Party Ever - The Boy Least Likely To 

ラジオでかかっていたM1.Be Gentle With Me。どこかで聴いたことがあるのだが、誰の曲か分からなくてもやもやしていたところ、無事解決。The Boy Least Likely ToというUKはバーミンガムのJof OwenとPete Hobbsの2人組の曲だった。このアルバムの1曲目で、かつ、シングルカットもされている。日本版はメジャーのポニーキャニオンより。ラジオでかかるわけだ。ジャケットから想像されるとおりの、和み系メロディアスなポップソングを聴かせてくれるバンド。古くはAztec Camera,Orange Juice,TFCとか日本人好みな英国サウンドだ。アコギやリコーダーなどの楽器と多少80年代へレイドバックした楽曲が、僕の精神安定剤として作用する。おもちゃ箱をひっくり返す楽しさと、確信犯的いたずら心と、美しいメロディ展開。最高です。
[ 2006/12/19 23:09 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)

Mistake Mistake Mistake Mistake - James Figurine 

ながらく愛聴となっている、もしくは人生のマストアイテムになっているPostal Serviceのギブアップという傑作がある。無論DCFCのベン・ギバートと、DNTELのジミー・タンボレロの組んだユニットがPostal Serviceなのだが、このJames Figurineは、ジミーのほうの変名ソロ。もともとジミー・タンボレロはFigurineというバンドに在籍していて、今回はソロなのでJames Figurine名義でリリースという、幾分ややこしいアルバム。エレクトロ・ダブなアルバムで、打ち込みとか電子音・ループも多用されており、ポップなPostal Serviceよりずいぶんとフロア寄りなサウンドだ。これはこれでかなり良い。ポップでメロディアスなのはやはりベンの資質で、ジミーのほうがハウス・エレクトロの担当なのだろう。それが美しく融合したのがPostal Serviceであることは間違いなさそうだ。

電子音が奏でる世界というのは無機的なようでいて、環境的にしっくりくるというか空間的広がりを感じさせてくれたりするので不思議だ。そしてなぜか「淡々とした女性Vo」がぴったりに合う。このアルバムだとM04 Pretend It's a Race and I'm on Your Sideがそう。男声の場合たとえばM06のように音が空間的というよりは、「うた」もしくは「メロディ」そのものが聞こえてくる。このアルバムでどちらも体験できるのでぜひ。
[ 2006/12/18 22:39 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)

Hide, Run Away - B.C. Camplight 

これはよい。きたんじゃないですか。フィラデルフィア出身、B.C. CAMPLIGHTのフルアルバム。キンクスみたいな曲から、パールフィッシャーズとかベルセバっぽいボサまで珠玉の名曲が揃う。シンセにアコギ、ストリングス、ピアノなど多種多様な楽器が奏でるポップ万華鏡。シングルになっている、「Blood And Peanut Butter」はネオアコから流れてきたインディーポップファンにとっては致死的名曲。懐かしくも青い。途中から入ってくる女性VOにノックアウト。おまけにシングルのジャケットがなんともいい。タイトル曲「Hide, Run away」は、DeathCabも超えたかと思わせる美しいメロディ。すべてにおいて涙。
[ 2006/12/17 23:23 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)

Punk... Not Diet! - Giardini di Mirò 

イタリアのポストロックなバンド、Giardini di Miròの2003年度作。どうもイタリアでポストロックというのがピンと来ないのだが、これはあまり国とは関係なく、純粋にポストロックと思ってもらえばわかりやすいと思う。冬の季節にぴったりのメランコリックかつスロウなサウンドで「うた」がとても心に染みてくる音楽だ。Deathcab、mogwai、American footballとかそんなのが好きな人にお薦め。ポスト〜とかいう表現はとても危うくて、なにか適切な表現があればいいのにといつも思うのだけれど、今ひとついいキャッチが思いつかない。音楽をジャンルで分けるのもまた面白くないし、職業評論家でもないから宙吊りのまま保留にしておくことにする。
[ 2006/12/16 22:40 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)

生まれる瞬間 

「みんなのきもちがひとつになったとき、おほしさまがかがやきました。」

息子との男の約束。園の年長組みによる聖劇「イエスさまのうぶぎ」が18時開幕。大阪での打ち合わせを終えて無事に間に合う。カトリック聖堂に流れる園児たちの清らかな歌に感動を覚え、イエスの生まれる瞬間は、ほんとうに星が輝いたのだろうとむやみに確信した。

確信には理由がある。その大阪での打ち合わせで不思議な現象が起こった。その現象は同席していたメンバーほとんどが感じたと思う。あるデザイナーが別のメンバーの一言に突然なにか感じ、アイデアをひらめいたその瞬間、一瞬の静寂の後、会議室の場の質がふっと別のものに変わった。なにかが生まれる瞬間というのを体験してしまった。

世界にとってとても大切なものが生まれる日についての園児たちの芝居を、偶然同じ日にみたのも無関係ではなく思えて仕方がない。きっとデザイナーがなにかを見た瞬間には外では星が輝いていたはずだ。さらに今日は僕の誕生日。「神はそこにいる」という宗教感覚はこういうときに発生するのだろう。人は信じることの大切さを理解するのだろう。

「みんなのきもちがひとつになったとき、おほしさまがかがやきました。」
[ 2006/12/15 23:53 ] いろいろ | TB(0) | CM(2)

Silver And Fire - M.Craft 

オーストラリアからデビューのM.Craft。渋枯れた大人のフォークを聞かせてくれる。アルバムタイトルにもなっている一曲目のSilver And Fireに打ちのめされるが、残りも怒涛の男の渋さが連発、ストリングス・コーラスワークそのすべてが素晴らしいSSWだ。M6のような致死的ポップソング、M8のsnowbirdで見せる狂気のような盛り上がり、M9でゲインズブールへ、そして美しいエンディングへ。流れるような展開で最後まで一気に聞かせてくれる。

Eliotte Smith,Palace,Nick Drake,Jose Gonzalesといった何かが共通するアーティストに早くも並んだ感がある。レーベルはDeath From Above 1979やThe Futureheadsのイギリスは679より。猛烈に推薦。
[ 2006/12/14 22:48 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)

Ta-Dah - Scissor Sisters 

たまにはこういうのもよいのでは?邦題が「ときめきダンシング」という悪意に満ちた、わざととしか思えない代物の、シザーシスターズの2ndです。そのダサさがありなんじゃないかと思わせる、ソウルフル・グラム・キャバレー・ファンク爆発の痛快アルバム。レトロといえばレトロなんですが、新しいといえば新しい。とにかくひたすらにゲイ・陽気なごきげんっぷりに励まされます。なんにも考えずノリだけで仕事をこなしたいときのBGMにどうぞ。
[ 2006/12/13 22:39 ] 音楽 | TB(0) | CM(2)

中野本町の家 - 後藤暢子 他 

1976年に発表された伊東豊雄の「中野本町の家(White U)」に住んでいたのは、夫を亡くしたばかりの実の姉とその二人の娘だ。この本は現代建築の金字塔であるその住宅に実際に暮らしていた3人のドキュメントであり、その住宅はもうこの世に既にこの世に無いために、2度と語られることのない回想録である。そして3人の言葉は、建築に対する誰も為しえなかった痛烈な批評でもある。

これほどまでに施主の意向を汲み純化されて建てられた住宅はないだろう。そこまでは理解できる。しかし、これほどまでに建築が住まい手に影響を与えることができるのだろうか。後藤一家が語るその一言一言は、この建物で暮らしたからこそ発せられる悲鳴のようで痛々しい。もちろん楽しいこともたくさんあったろう。光と影の美しさを毎日のように体験し、他の誰にもない豊かな感受性も磨かれただろう。ただ影響度合いが常軌を逸しているのだ。

夫の死という感情の暗黒の刹那的一瞬を切り取ってできてしまった家。それは長女、後藤幸子の「母がつくったこの建物が私には「墓石」に思えたのです。」という最後通告的な台詞によって否が応でも「死」を予感させる家として刻まれる。時間を固定されてしまった建築は、「どうして人が住んでいるのに建物が過去になるのかな」と次女、後藤文子の心にも同様に「死」の状態として映る。ついにはこの建物は誰も住まなくなり、その個人性の高さや固定された時間ゆえに、解体される運命となった。

現代建築の流れを一気に変えた名作「中野本町の家」は、豊かな空間であるのに同時に残酷な空間でもあった。「これから建築をつくるのが恐くなりますね」という所員の言葉があったが、本当に恐い本だ。いったいどういう住宅を作ればよいのかさっぱりわからなくなってしまう。住宅は古くなって使用に耐えなくなって取り壊されるというのが常識だ。建物にも精神的な「死」がありえるということなのか。建築家の、あるいは住まい手の理解を超えてしまった家。そしてその「死」。無常な何かを感じざるを得ない。
[ 2006/12/12 23:46 ] デザイン+建築 | TB(0) | CM(0)

インディアナ、インディアナ - レアード・ハント 

帯の引用。

アメリカ文学最大の人気翻訳家・柴田元幸氏が「これだ」と惚れ込み、ポール・オースター氏が「ずば抜けた才能」と絶賛した本邦初紹介作品。一人の男のこころと人生が一行一行から浮かび上がってくる。静かで悲しく無類に美しい小説。

つまり柴田とオースターファンの必読書ということだ。

詩の様な文、混乱したままのダイアログそして手紙、句読点を入れない連続する台詞のような文、3人称の客観的説明文などいくつものする不思議な文が交錯する構成で小説が成り立っていて、それは難解だと受け取られざるを得ないのだけれども、それでも美しくて悲しい純粋性が行間から押し寄せてくる圧倒的なオーラを纏っていのは間違いない。

主人公「ノア」の妻である「オーパル」が精神を病んでいるらしいことは彼女の手紙の内容からすぐに理解できるのだが、ノアのほうまでどうやら病んでいるらしいというのが、読み進めるうちに見えてくる。見えてくるにつれ、物語は混乱を極めると同時に豊穣な純粋性を帯びはじめる。この小説は登場人物を精神異常(この小説の場合は特に分裂的異常)に設定したことによって、つまりある種の不自由な状態に小説を持ち込んだことによって、儚い美しさを獲得したのだ。

主人公の父「ヴァージル」が言った言葉、「50パーセントの物語」というものにひどく関心を持ってしまった。「人々は物語の50パーセントしか理解しちゃいない、ただそのときには分からなくても残りの50パーセントは確かに存在するのだ」、ということは小説を超えて語られる真実なのではないだろうか。たとえばある建築家が100%の力を出し切って住宅を設計したとする。完成直後は真っ白い大きなワンルーム空間がとても美しい建物だった。しかしそこに住むクライアントは生活のために、様々な道具をいれ家族が増えたので間仕切り壁を増やした。建築家はそのような使われ方を想像せず、クライアントは建築家の設定した暮らし方を実践できなかった。双方50パーセントづつ理解できていない状況が生じているのだが、起きている状況自身は真実である。

小説でも建築でもなんでもいいのだが、ある作家が作品を生み出したとしてそれが作家の思ったとおりにしか理解されないとしたら、それはきっとつまらない作品で、作り手の理解の向こう側だいたい50%ぐらいの場所に読み手もしくは使い手の理解があるような状況を生み出せるような作品が後に語り継がれる名作となるのではないだろうか。おそらくそれは時代を語るものでなく時間を越えるようなものでもある。
[ 2006/12/11 23:06 ] | TB(0) | CM(0)

表参道 


折角なので東京見物。ぜひ行きたかったオペラシティの伊東豊雄「新しいリアル」展に。かなり圧倒される。各展示の方よりも、URBOTに始まる伊東事務所の年表の方を夢中になって見てしまう。クロワッサンに掲載された「domino」の施主募集広告の中身(のコピー)があって、住宅メーカーの現状の企画、あるいは無印の箱の家とかを予言していたかのようでもあり、視点を変えるとようやく世間が1981年の伊東に追いついたかと思うと、その速度の遅さに落胆さえ覚えた。建築における時間、世間の消費の時間、建築家の頭の中の時間の差はどうしても埋められないのだろうか。

そして表参道へ。現時点での建築のメッカである。写真中央が、伊東豊雄のTod'sビル。本当の樹木と伊東の樹木。なるほど。現場に行かないとよく分からないことがやっぱりあるのだ。ヘルツォーグ&ド・ムロンのプラダ(写真左)はもしかするとTod'sと似ているのかもと考え始めたはいいが、疲労がピークに達してきたので思考停止。表参道はお祭りかと思うほど人が多く、12月とは思えないほど暑かった。一番右は平田晃久氏のRビル。階段が建物を取り巻く構成。同世代の建築家が活躍するのは励みになる。希望を胸に帰京(京は京都の京)。
[ 2006/12/10 23:31 ] デザイン+建築 | TB(0) | CM(0)

東京へ 

お酒に弱いので飲み会のアルコールを分解できぬまま、東京へ。守秘義務のため此処に書けないプロジェクトに参加。内容はやはり言えないから気分だけ説明するととてもハッピーでラッキーなプロジェクトだ。打ち合わせが終わり、ただただ感心しながら懇談会へ。懇談会こそ今回楽しみにしていたイベントの一つ。懇談会の内容も守秘義務っぽいので割愛。ああしゃべりたい。さらにアルコールを蓄積させてしまう。次生まれてくるときは分解酵素をもって生まれてきたい。
[ 2006/12/09 23:23 ] いろいろ | TB(0) | CM(0)

忘年会 

午前中家のある木津から仕事で大阪へ。難しいPJとチラシの企画の打ち合わせ。足りないのはなんだろう。時間とは言いたくない。さらに、京都に舞い戻りお世話になっているクライアントの忘年会へ参加。今の仕事をやっていてよかったと思うのは、いろいろな人に会えることだろう。建築に限らずプロダクト、グラフィックに広告とそれぞれいろいろな考えを持った人に接することができ、世界が広がっていく感じがする。もともとが狭すぎたのかもしれないけれど。充実した飲み会。
[ 2006/12/08 21:04 ] いろいろ | TB(0) | CM(0)

白いコーン 


直島の海の駅の前にある白いコーン。それがただただ並んでいる。625本あって、驚くのは一つなんと280円!だそう。我が家にも10本ほど欲しいところだ。nendoの佐藤オオキ氏による作品。今年のサローネにnendoさんは出店していて、多分佐藤さん本人がその場にいたと思う。「polar」という美しい机が展示してあったのを覚えている。さてこのコーン時おり光が移動する。波が押し寄せるような光の動きだ。残念なのは時折過ぎて光の動きを見損ねると、次まで一時間近く待たされること。コーンを並べただけで何がアートなのかとよーくみていたけど、ところどころレタリングの文字が飛んでいたりすること以外は特徴がない。ただ、その625本にも及ぶ数はなにかを語りかけてくる。60本なら並べただけだが、600本ならアートなのだろうか。

その境界に当たる数字に非常に興味が湧いてきた。スケールと数の問題はとても面白いテーマだ。家の場合も1個だと単に家だが、1000個とか同じものを並べるとどうなるのか。1000個並ぶと墓地のように見えるかもしれないし、10000個並ぶと、森のように見えるのかもしれない。1000000個だと海に見えるかもしれない。直島の白いコーンをみてそんなことを考えた。ちなみに白いコーンはいろいろな装飾を施され、島中に散らばっている。どれもくすっと笑える代物で、見つけて歩くのも楽しい。
[ 2006/12/07 22:45 ] デザイン+建築 | TB(0) | CM(0)

憲法九条を世界遺産に 

僕は太田光を信用している。星の数ほどいるお笑い芸人で「アービングが好き」というのはたぶん彼だけだろう。その一言で彼を信用できるのだ。そして中沢新一。タフな男である。いや、体力というよりその精神構造がということだけど。そんな彼らが「憲法九条を世界遺産に」ということで行った対談を本にしたもの。標題についてはもっと多くの日本人が議論しないといけないもので、そのきっかけを作ったであろうこの本はそれだけで価値がある。お笑い芸人としてのエンターテインメント性だけを買われたのでは、太田が可愛そうだ。

お笑いといえば、まさにエンターテインメント性だけが評価されていて、この本でも触れられている「笑いの文化」が損なわれているのが現実だろう。いろんな不満が「笑い」によって救われていた時代が過去には確かにあった。今の笑いにはそれがない。無理に笑わされているだけで救いがないのだ。

対談だから引き出される予期しないものみたいなのがもっとあるとよかったのだけれど、それでもこの本は十分に面白い。この奇跡的な憲法をどのように扱うかを本当に考えないと、きっと近い将来まずいことになる。それだけは間違いなさそうだ。
[ 2006/12/06 23:23 ] | TB(0) | CM(0)

師走です 

師匠も走る12月。まあ例によって忙しく働いている。プロジェクトっていうほど大きくないいろいろの仕事が併走していて、楽しいぐらいに忙しい。仕事を表にしてみて、終わったものにチェックしていくのは快感ですらある。僕が仕事人間というのではなく、塗りつぶすのが好きなだけ。そういえば小学校のときのマラソンの練習で、進んだ距離だけ鹿児島の鉄道線路を塗りつぶしていく用紙があって、塗りつぶしたい一心でむやみに走りつつけた記憶がある。

話は変わって、来年の手帳は「D-BROSクリエイターズダイアリー」にすることにした。デザイン事務所のドラフトさん開発の商品だ。連れ合いは今年使ってた。一年を振り返ったときにも面白そうな手帳。相当便利そうだが、使いこなせるだろうか?いろいろ塗りつぶせるだろうか。白紙が多くないよう来年もがんばろう。ただ、1月から始まっているのでせっかく買ってきてもらったのにまだ使えないのが難点。

こんなやつです。
http://blog.excite.co.jp/i-stationery/tags/D-BROS/

[ 2006/12/05 23:23 ] いろいろ | TB(0) | CM(0)

トイカメラ 


先日の直島旅行で購入したトイカメラです。子どもたちに写真を取らせてあげようと買ってみました。リスとてんとう虫の絵がついています。とてもかわいい一品。フィルムはイタリアSolaris社のワンテン(110)<その規格を知っているだけで年がばれるという代物>で、現像してくれる店があるかどうか分からないけれど、物は試しで購入。今、ネットで調べたら、時間はかかるけど、どうやら普通に現像できるみたい。さて、子どもたちの作品はどうなってるのだろう。早く現像したい(けどフィルムがまだ余ってる)。

http://toycam.imaimax.com/modules/myalbum/viewcat.php?cid=5
のような感じに映ってくれると最高だけれど。lomoとかholgaとか買ってみようかと思う今日この頃です。みなさん、デジカメ飽きちゃってません?さて、この椅子はSANAAのやつです。ここの場所でデイビット・シルビアンの曲の入ったiPodを貸してくれます。この曲が結構いいんだな、非売品。
[ 2006/12/04 23:23 ] いろいろ | TB(0) | CM(4)

直島(2) 


2日目は、家プロジェクト見学。子どもたちは早起きして遊んでいる。海の駅のすぐ近くにたこ焼きやがあって、軒先に蛸を干していたのをみつけ、異様に盛り上がる子どもたち。死んでいるはずの蛸は活きがよすぎて死んでなおうねうねと動く。恐るべし。

家プロジェクトのほうも、いろいろと面白いものが多く、時間がいくらあっても足りない。西沢立衛が内装を手がけたギャラリーでいろいろと買い物。自分へのご褒美に(何の?)岡尾美代子セレクションの皮のケースつき色鉛筆を購入。安藤&タレルの「南寺」は、暗順応を利用した不思議な建物で、暗やみの不安と光の安心感を体験できる。暗やみと光には音楽があると思った。そして昼ごはんは、カフェまるやでおいしい角煮丼を食べる。次、子どもたちが名前を聞いて「いきたくなーい」といった「はいしゃ」へ。それが上の写真。石山修武もびっくりか。まだまだ居たかったけれど、帰りの時間。またくるよとフェリーから。
[ 2006/12/03 23:23 ] デザイン+建築 | TB(0) | CM(0)

直島(1) 


社員旅行で直島へ。アートと建築と蛸と鯛の島だ。安藤忠雄にSANNA、草間弥生に大竹伸朗、あげるときりが無いほど良い物に囲まれている。一応研修旅行なんだけど子どもを連れていって本当によかった。宇野港から直島に着くとまず、いきなりSANAAのこの「海の駅」が見える。とにかく細い。大丈夫?というぐらい部材が細い。ステンレス鏡面仕上げになっている壁に、空とも海ともわからないものがゆらゆらと映って、幻想的な質をもった何かが見える。旅行の最初から感動。

それから地中美術館とベネッセのほうへ。両方安藤。美術館ではジェームス・タレルの青い部屋の不思議な感覚にびびる。空間にはまだまだいろいろな可能性が残されている。それから、砂浜でかぼちゃアートと難破船アートを体験し子どもたちは貝殻集め。そして宿。宿は貸し切りで、ご飯もおいしい。食後にゆるい宴会。K-1みたりトランプしたり、なぜか高校生のテスト勉強に付き合ったり。エアコン故障につき寒くて寝れず2日目へ。
[ 2006/12/02 23:23 ] デザイン+建築 | TB(0) | CM(0)

The Arms of His Ill - The Hidden Cameras 

カナダ出身のカントリー・ロック・バンド、The Hidden Cameras のマキシシングル。レーベルは、Absolutely Kosherから。最新3rdアルバムは日本ではRough Trade Japanより発売されています(未聴)。公式サイトをみると、どうやらライブがすごそうだ。なんか目隠ししたり、骨みたいなのを持って飛び跳ねたり。メンバーの数も多いし、ちょっとCrap Your Hands Say Yeahみたいな雰囲気で。という間に、ライブのビデオをYouTubeでみているのだけれど、なかなかご機嫌だ。ストリングスが4人ぐらいいて、ちょっとお祭り的で、カントリーなところが面白い。カントリー・ロックというか、フォークというか、つまり歌ごころありなところは、確かにネオアコファンに(つまり僕のような)受けそうでもある。M6,Mississauga Goddamは相当な名曲。
[ 2006/12/01 21:40 ] 音楽 | TB(0) | CM(2)