MIHO FOLIO - BRAGILE  

で、ライナスが首を傾げて聞いていたのはこのCD。MIHO FOLIOのファースト。あまり情報がないのだが、レーベルサイトによると、「miho folio はエリック・ドルフィーやジョアン・ジルベルトをはじめ、様々なポップ・ミュージック/ブラジリアン・ミュージック/ジャズをフェイヴァリット・ルーツに持つ、堀尾聡裕によるソロ・プロジェクト。」だそう。エレクトロニカ/ジャズというジャンルではくくれない、さまざまな音楽の混在が心地よいアルバムで、サンプリングとかエディットを駆使しながらも、どこか聞き覚えのある懐かしいアンビエントな感覚が特長だろう。Flyrecは以前紹介したkazumasa hashimotoの1st、2ndを出しているレーベルで、相当信頼が置けます。

ライナスも、「お父さんこれってやっぱり、いいアルバムじゃない?」そうだよねえと僕。「女性ボーカルを大胆にチョップしてるのも、かっこいいねえ。」、で、ライナス「エレクトロニカって最近お父さんよく聞いてるけど、これは中でも抜群かも」。なんて僕の言うこと分かってくれてたりして、なあ、同じ誕生日の相棒。
[ 2006/11/30 09:08 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)

ティンブクトゥ - ポール・オースター 

表紙の犬があまりにかわいいのでジャケ買い。本の場合は装丁買いとでも言おうか。そして、内容。よくやった、オースター。と、いいたい。英語ならGood job, Austerだろうか。我が家にも犬が2匹いるのだが、チャーリーにライナス、君たちそんなこと考えていたのかと、この本を読んでしみじみ考えさせられた。そういえば思い当る節もあって、言葉がどうやら通じているように思えるし、当然しゃべれないけど、犬なりにしゃべりたそうにしている時もある。今もCDをかけたらライナスはスピーカーの前に行って、しきりに首を傾げていたりして、「うーん、なかなかいいバンドだ」なんて思っているようにも見える。「いや、お父さんこれはセンスないですよ」かもしれないけど。

変人の主人ウィリーに飼われていた犬のミスター・ボーンズが主人公、死んでしまったウィリーに会うためにティンブクトゥ(遠い異国の地、天国)を目指して旅をする話、と書いてしまうとあまり珍しい設定でもなんでもないように見えてしまうが、柴田元幸の解説にあるように、「ニューヨークへ行ったことのない人に、ニューヨークの町並みを文章で表現できる」オースターの能力は、「犬を飼ったことがない人に、犬を飼ったことがあるように感じさせる」ことに成功していて、もちろん飼ったことのある人(つまり僕)にも、うんうんそうだよ、と唸らすことにも成功している。そんな、オースターの虚構力、あったかもしれない・あるかもしれない世界を描ききる力は、虚構と現実の境界の先にある、ある種の普遍性に到達しているように思えるのだ。我が家の犬たちも単純にごはんと散歩とマーキングのことしか頭にないのかもしれないが、ミスター・ボーンズのように思慮深いのかもしれない。思慮深いと思えることによって犬たちとの関係が変化したように感じるから不思議だ。不思議だけど、それは現実だ。
[ 2006/11/29 09:51 ] | TB(0) | CM(0)

村上ラジオ - 村上春樹 

2000年ぐらいに、ananだったかに寄稿された村上春樹のエッセイ。力の抜けたライトな感覚はちょうどその読者層にぴったいなのだろう。長編で見せる徹底した世界観もいいが、適当な感じで書いたエッセイもいい。イラストはいつもの安西水丸氏でなく、大橋歩。この単行本のための書き下ろしもしたらしいから、かなりお買い徳だ。イラストとエッセイの調子がぴったり合っているのも、読んでいて気持ちが良い。まさに、コンピューターをつけてから、起動するまでの時間にぱらぱらと読むと吉。
[ 2006/11/28 13:25 ] | TB(0) | CM(0)

十八歳、海へ - 中上健次 

中上健次の初期作品集。小説家の初期の作品というのは、多かれ少なかれ自伝的なものが多いと言われているが、この「十八歳、海へ」もそうかもしれない。大江的なフォーマットをなぞる習作のような蒼い感じと、以降の強烈な作品群の要素が同居しているところがとても興味深い。若さゆえの衝動的で混乱を招くような、どこへ走るか分からない文と、みずみずしい感覚、そして血を恨むような慈しむような生きることへの葛藤と希望。この若い作家は、ずっとそんなことに悩まされながら生活していたのだろう。その悩みを小説という世界のなかに真正面からぶつけたとき、名作が生まれたのだと思う。
[ 2006/11/26 10:52 ] | TB(1) | CM(0)

pajo - 1968 

pajoです。伝説のバンドSlintのドラマーで、その後Tortoiseに加入、For CarnationやWill Oldham、果てはBilly CorganのZwanにも参加している。これだけのバンドに参加しているのは、彼の才能と人柄の為せる業だろう。自身もAreial M,Papa Mと変名しつつ多数の音源を発表し続けている。今回の「1968」はフォークともロックとも音響系ともいえる、逆に言えばそのどれでもない、絶妙の歌心あふれる名作だ。そのセンスには脱帽させられる。

slintというバンドはひどく内向的な音を残していったのだが、それは70年代の建築が内向的に自閉していたことと関係があるようにも思える。建築や音楽は、外に開くこと、つまり「明るく快適」「楽しくて心地よい」ことが望ましいと思われていた。それを反転して見せたのが、「住吉の長屋」の安藤忠雄であり、「中野本町の家」の伊東豊雄だった。Slintはそれを音楽で成し遂げた稀有なバンドであり、だからこそ伝説となった。<去年、slintはついに再結成されて盛り上がった(たぶんごく一部で)のは記憶に新しい。伝説であった欲しかったけど、再結成されたのはそれはそれでよしとしたい。>

pajoは内向から別の世界へと少しずつ向かっている。それは自分自身を探す旅のようでもあるし、明るい世界の方へ向かっているようでもある。その危うい境界を探る力とバランス感覚が彼の持ち味だ。秋の夜長にお薦めの一枚。
[ 2006/11/25 10:33 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)

藤森照信の原・現代住宅再見 

こういうおもしろい本を読むと、大学の歴史の教科書がいかに形式的でつまらなかいものか思い知らされる。藤森氏の知識が総動員されているにもかかわらず、絶妙な語り口調で楽しく読める。吉村順三や増沢洵の歴史的名作はもとより、本野精吾や藤井厚二など京都にゆかりのある、ある意味とてもマニアックな通好みの建築家の作品が掲載されていたりするのが素敵。最後に極めつけの渡邉洋治「龍の砦」まであって、至れり尽くせりの内容。

異色といえば川合健二。川合の「ドラム缶の家」は通常皆がもっている「家」の概念を軽々と超える怪作で、おそらくこれにタメを張れるのは、バックミンスター・フラーの「ウィチタ・ハウス」ぐらいだろう。師である川合に、「いつまでもそこにいないで、こっち側にきなさい」と言われた石山修武はそっち側に行かないことを選択したそうだ。行きはしなかったが、石山の動きを見ていると河合の意志を継いでいることにはどうやら間違いない。ともかく、掲載されている住宅はどれも憧れずにはいられない真の名作だらけだ。・・・(2)へ続く。
[ 2006/11/21 12:35 ] デザイン+建築 | TB(0) | CM(0)

Hemstad - s.t. 

テクノともエレともいえないへっぽこポップなインストで、聞くものすべてを脱力させてしまう、スウェーデンの8人組バンド。HEMSTAD。まだまだマイナーなんだろうか、数々の個人CDショップを倒産に追い込んだAmazonのロングテール戦略にも引っかからない。購入先のJETSETさんのインスト・カードにはモノクロームセット+ゴー・チーム!なネオアコファンにもオススメと書いてある。まさにそんな感じだ。パッパラーな歌心(あくまでインストなのだが)、ジャケットそのままのおもちゃ箱をひっくり返したような、子どものいたずら書きのようなミクスチャー・ポップ感がたまりません。ウィーザー〜レンタルズ〜ヘフナーなんかのへっぽこ具合が好きな人にもおすすめ。
[ 2006/11/20 23:25 ] 音楽 | TB(0) | CM(2)

rahmens - apple 

アップルのCMにラーメンズが出ている。相変わらずの飄々とした小林健太郎と、馬鹿に真正面から取り組む片桐仁のあうんの呼吸は見ていて安心だ。「あなたもパソコンでしょ」「でもみんな『マック』って呼ぶんだよね」というところが、マックのマックらしさを表現したセンテンス。ものを擬人化して呼ぶことは、もしかすると日本人特有の発想かもしれないのだが、「親しみ」がないことには擬人化は出来ない。愛車に名前を付けたり、飴が「あめちゃん」になったりとか。ラーメンズらしい毒もそこかしこにあって、見ていて痛快なCMだ。
[ 2006/11/16 10:20 ] いろいろ | TB(0) | CM(2)

住宅読本 - 中村好文 

似たようなタイトルの「住宅巡礼」という同じ中村さんの本を前に紹介したが、こちらは「いい住宅とはなにか?」という問いに、「居心地、台所、手ざわり、家具…」など12の項目で答える内容となっている。中村さんの書く本はとてもわかりやすく、自筆のスケッチや写真などの雰囲気も相まって、それだけで中村ワールドを形成している。難しい建築論なしでいいので、こういうものこそ教科書として学校で、出来れば小学校の高学年ぐらいから使って欲しい。そういえば、今、世間の高校は社会の未履修でドタバタしているが、この本と藤森さんの「原・現代住宅再見」を読んでレポートを書いたら通してあげるようにして下さい。70時間の補講より役に立つはず。子どもの教育に「建築、建物、家」を早く取り入れて欲しい。それだったら喜んで先生をしたい。
[ 2006/11/02 18:19 ] デザイン+建築 | TB(1) | CM(2)

Halloween 

クリスマスシーズンには、電飾だらけになるサガナカルミナリエで有名な我が町だが、西洋化の波がどんどん押し寄せて、今年はハロウィーンが行われていた。仮装して「Trick or Treat」とうわけである。帰宅途中に変装した子ども達が、わいわいと楽しそうに走り回っていた。魔女やお化け、メイド服(うちの子)、おまけにマツケンサンバみたいなお母さんもいた。ハロウィーンには、「幽霊、魔女、コウモリ、黒猫、ゴブリン、バンシー、ゾンビ、魔神、それにドラキュラやフランケンシュタイン」(以上wikipediaより)が定番だと思うのだが、単なる仮装大賞になっているのがちょっとあれだ。どうせなら、唐傘お化けとか一反木綿とか、水木しげる的な和風アレンジをおすすめしたい。単なるお菓子をもらえるお祭りだと割り切っているのが宗教に驚くほど関心の薄い日本らしさか。なんだかだらだらとした地蔵盆みたいなのよりは、子ども達は楽しいのだろう。写真は我が家の玄関のジャック・オ・ランタン。力作です。
[ 2006/11/01 16:46 ] いろいろ | TB(0) | CM(0)