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キリスト教とグノーシスで思うこと

2人のスティーブのことを思う。キリストのようなジョブスとグノーシスを体現するウォズニアック。この2人がいなければ今のようなコンピューターの世界は訪れなかった。(ビル・ゲイツが残したのは功績ではなく預貯金だけである。聖書を読んだことは無いけれど、ビルのようにうまくやった人っていうのもきっと出てくるのだろう、もちろん悪役で。)ジョブズのプレゼンテーションは非常にわかりやすく、英語なんか知らなくても何を言いたいのか、売りは?ポイントは?なんなのかすぐにわかる。キリスト教の布教という行為と類似する。アップルを信じるものは救われる。そんな気が本当にしてしまう。CEOに返り咲いてからどん底のAppleをここまで盛り返した。資本主義、大企業の論理に向いたキリスト教、「信じるものは救われる」という言葉にぴったりはまるのがジョブズである。一方ウォズのほうは求道者然としていて、売れるとか売れないとかよりより高い技術を求め孤高の研究に没頭する。グノーシスだ。

個人的にはウォズに肩入れ派で、同様にタイプを打つ速度でアセンブラが打てる男、GPLの祖リチャード・ストールマンとか、世界一有名なフィンランド人リーナス・トーバルズ氏とか資本主義的概念を超越して技術を生み出すということに憧れたりしている。それはどの時代にも潜在的に潜むグノーシス派の顕在化のように思えてならない。インターネットとかGPLとかLinuxに蓄えられる叡智は、資本ということでなく違う次元の何かを実現してくれている。

キリスト教とグノーシスということについて調べると、結構びっくりするようなことが判明したりして面白く、キリスト教って姦淫を禁じるというか女性の立場が弱いのは知っていたけど、「知」を悪いものとみなしたりと、かなり無謀なように思えてくる。一方でグノーシスは選民主義を表明していて選ばれたものだけ神とひとつになれるという定義があるようで、それはそれで危ない雰囲気だが、「知」というもの「女性」というものを肯定するとのことなので僕的には一安心。
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