
お世話になっているMさんのお母さんが亡くなられた。誕生日を祝った次の日だったそう。まったく人生はドラマのようだ。再び家族で高知に向かう。仕事が上手くいっていないから会社を休みたくないのだけれど、きっとMさんのお母さんが、「あせらないでゆっくりしなさい、高知に寄っていきなさい」と休みを下さったのだとおもう。ありえないトラブルもありえないギリギリ度合いにて解決したようだ。高知の7days Hotelは安いのにとても素敵なホテル。アートと緑は心のゆとり。また訪ねたいと思う。
あまりに突然な偶然に驚きが隠せない。15年ぶりに友人Yと連絡をとろうと思い、友人KにYの電話番号を聞くために電話をした。
すると目の前にYがいた。心臓が止まるかと思った。いやおそらく3秒は停止していた。思考回路も同時に停止した。中国のある人物が関係しているから、これはきっと中国で得た特殊な能力だ。会いたいと思ったら会える能力だといいけど。

緑化フェア視察で、群馬へ。あいにくの雨の中視察。初日は高崎のほうをまわる。流石に雨の平日なので客はいない。暇そうなおじさんおばさんがぽつぽつと。町中を緑化(いやたくさん花を植えたというほうが適切か)して花と緑を唱うわけだ。街づくりとかに上手くつながればいいのだけれど。2日目は、前橋会場へ、天気もよく人もかなりはいっていました。土日は2万人は来場するというのもうなずける。こちらの会場では企業展示とかイベント類もいろいろあって、なかなか楽しくみれた。写真は巨大な羊の首。会場中で最も異様だったので。蚕と桑が名産のようで、蚕の作り出す糸の美しさに見とれる。群馬県のキャラクターは「ゆうま」ちゃん、会場の至る所で見かけました。代理店の仕掛けでなく、県庁の職員さんが作ったキャラだとか。ほのぼのしていて愛着がもてますよ。話題の「せんとくん」と思わず脳内で比べてみたり。実は今回のフェアに関してもう一つ雷様(ドリフのあれとか、うる星やつらテンちゃんみたいなの)のキャラクターもあったのですが、パンフレットになぜか採用されてるだけで、ほかどこにも見あたりませんでした。いったいなんだったんだ彼は。
その後、横浜に移動し、親友まっちゃん宅で串揚げをごちそうになる。おにぎりがうまくて泣きそうになる。適度に酔っぱらう。T子ちゃん、よくしゃべる。パパッ子なのは、パパが格好いいからに決まってるのですよ、ていちゃん。ていちゃんをていちゃんとかいたら「田鶴てい」を思い出した。どうもありがとうまた行きます。

多忙につき、まとめ書きご了承下さい。某企画にて遠距離出張。東京を経由して、例によって五十嵐さん、槻橋さんのいる仙台へ。時間のないプロジェクトではあるが楽しく盛り上がっていきたい。五十嵐さんは同時期にベネチアでもあるから体にだけは気をつけていただきたく。夜には槻橋さんの段取りにより仙台の某居酒屋へ。どの一品も桁外れに美味しく、仙台の凄さを見せつけられました。写真のは最初に出てきた、ウニ。昆布塩だしをつけて食べるわけだが、鮮度がすごい。ウニってすごい。人は見かけによらない、美味しい物も見かけによらない。初めてウニをたべようとした強者に感謝。そのあとも海の幸、山の幸が大量に登場。支払いを仰せつかったのだが、伝票見て一気に酔いが覚める。二日酔いに聴くのは高額のレシートなのではないかと思う。
翌日は横浜市のほうへお邪魔する。T師匠、平田さん、平さんと合流。槻橋さんの京大アメフトの同僚の鈴木先生にお世話になる。法規的な諸問題についての打ち合わせ。すべてうまく納まりますように。
honahona氏が加盟しているAterier Etecetraがクラフトフェアのほうへ店を出すとのことでお手伝いに。天気もよくて桜も満開、絶好のイベント日和だ。前日息子と散髪に行き準備は万事オッケイ。田舎なのだが人出もちょうどよく、推定500〜600人は来た模様。子ども達が店番をするガレージセールも、結構調子よく、午後からは竹馬をつくったりしてとても楽しく過ごす。kj氏、O氏もバイクで来てくれる。ね、いい場所でしょう。肝心の店の手伝い自体は息子F、そして私、ほとんど役に立たず仕舞い。色気より食い気で、アジアンマーブルさんのとこのカレーとか唐揚げとからっきょうとかを食す。イベント終了後BBQが行われ、これもまた楽しいひととき。息子Fと暗がりをチャリで帰る。

スタンドは新京極にある食堂だ。おそらく戦前からあるのではないだろうか。初めていったときはおじいさんから戦争の話をきかされた。メニューと客層が素敵な大衆食堂。そんな食堂に息子と行く。彼は食べるのもつくるのもトンカツ大好き人間だからトンカツ定食を注文した。そしてこの店でしかみることのできないオリジナル伝票。いろんな数字が書いてあるのだが、どうやって使うか難解。これをもらっても何円なのかこちらには分かない。複雑化の理由は謎に満ちていて、それもまたこの店の楽しみでもある。
定年退職される前の会社の上司Y次長の送別会が橿原ロイヤルホテルで22日土曜に行われた。よき先輩兼漫画師匠のH部長に乗せてもらい(ってもう部長サンなのですよ。年月を感じます)、新しくできたバイパスを通っていく。つい最近まで、24号線は名阪インターを越えると途中で12号線になり、もとい車線が1車線になり渋滞を頻発していたから、とても快適だった。いったいいつ作ったのか素晴らしいビデオが放映されたり、エアギター、手品、その他もろもろの楽しい時間だった。肝心の次長の思い出は、誰一人仕事がつらかったりの思いででなく、バーベキューやらキャンプやら、遊びのことだけだったのがある意味すごい。意味不明な出張を繰り返し出張禁止令を出されたり、車で現場視察へ行くといって明石焼きを食べに行ったり(これは私共犯です。いや上司命令でしたから)、眼をかけた女の子だけを誘って食事に行ったり、公私混同が素敵な方だった。時代が時代なら首だろう。最後しみじみ、H部長とY次長と話をして分かれた。北海道でまたあいましょう。
そして日曜日。午前中は町内会の役員決めの日。昨年は若手のNさんがくじで当選。今年は10年に一度の私の番なのでなんらかの役をしなければならない。会長とか無理だし書記はめんどくさそうだし、会計は計算間違いそうだし、班長という気楽そうな役でも用事が結構あるし、どれもはずれだと覚悟していたが、会長は定年退職されたOさんが引き受けてくださり、副会長も定年退職されたKさんが。でKさんが子どものいる世代の人がもう一人副会長してくれというので了承。円満に役員が決まる。来年はちょっと忙しくなりそう。午後には、F氏御夫妻とうちの息子と腰椎骨折で入院中のS氏のところへお見舞いに。退屈そうだからお見舞いには本を持って行く。しかも連絡無しで突撃してみたり。結果、病院の下のコンビニで偶然お会いしてドッキリは失敗。でも元気そうで何より。つい金曜まで寝たきりで大変だったそう。
関係ないけど、Tシャツ一枚で暴れていた息子に、「お見舞いに行くから着替えて」というと、いちばんおしゃれなBDシャツと紺色のラルフローレンのベストを自分で選んできていたのがおかしかった。それがよそ行きなわけね。TPOわきまえてる彼だった。明日終業式、春休みが始まる。

下にも書いた某企画にて横浜へ。実現へむけていよいよ動き出す。内容は9月を乞うご期待。ひょんなことから「みかんぐみ」さんを訪ねることになる。久しぶりに加茂さんにお会いしたが、独特の雰囲気はあいかわらずだ。格安の家賃という古い雑居ビルは横浜らしい味わいがあっていい。所員の八朔さんと打ち合わせ。所員全員がみかんの名を持つから「みかんぐみ」。最近「晩白柚(ばんぺいゆ)」さんまで登場したとかしないとか。全く関係ないが柑橘系をこよなく愛する私の好物は八朔。深い意味はない。ただ好きなだけ。だいたい八朔って名前が格好いいじゃないですか。月読、天照という必殺技っぽいということで。
横浜から移動して渋谷へ。平田事務所を訪問。打ち合わせ。その後、大学の同級生で建築家の森吉直剛さんと平田さん(大学の後輩なのです)の3人で飲む。2次会から同じく後輩の建築家桑田豪さんが合流して、楽しい飲み会。知り合いの活躍がなんともうれしいです。大変そうだが皆からキラキラオーラが見える。これだけたくさんの人に会うととても刺激的で東京ってすごいなと素直に思う一日。

で、結局事務局チームとしては各地の美味しいごはんを食べるというのが楽しいわけで、今回は関内の勝列庵という老舗トンカツ店へ。やわらかくてうまーい。写真のはT師匠が食べていた「大」。わかりにくいですが非常に大きい。30cmぐらいかな。でもあっさりしているのでむしろお代わり出来る勢い。
大分更新していませんが生きています。プレゼンというか企画書の締め切りがいろいろと重なって大変な今日この頃。忙しいのはいやかといわれると、このぐらいの忙しさでないと調子が出ない。某社の某プロジェクトといえばsuzuさんなら分かってくれると思う。とりあえずの壁を越えた。あとはあの建築家のあの作品を世に出すのだ。それは誰もが知っていたことなのかもしれないし、誰も見たことが無いものかもしれない。新しい時代が始まる。そのために法に触れること以外なんでもさせていただく所存。今年の夏は熱い。
某社プロジェクトの一環で、標題の専門家である武蔵美の井口教授のレクチャーを受ける。そうだ、そのとおりだととても勉強になった。このようなレクチャーは大企業の役員こそうけるべきなのだろう。でもその方々は忙しすぎて大変だろうから、ほんの5分でも捕まえることが出来たときにここぞとばかりプレゼンするべきなのだろう。もしかすると新地とかで夜にレクチャーしたほうがいいのかもしれない。ママが諭すようにデザイン論を説く。それはあたらしいビジネスモデルだ。その他、俺の手柄を語る人のための自分史編纂室をクラブと併設。だれか一緒にやりませんか。僕は女性でないのでMBAなママを募集します。
冗談はさておき、デザインの評価というのは誰にでも出来てしまう微妙なジャンル。だからこそなんらかの基準が必要。けれども基準ありきだとデザインの均質化につながりかねない。最適な答えが自滅を産む、まるで「囚人のジレンマ」のようなパラドックス。脳をフル回転させて聞いていたため疲れがピークにもかかわらず、新幹線で寝れないという罠。明日はプレゼンだというのに資料が不備だという二重のトラップが。でも僕のトップデッキにはいつも欲しいカードがあるから大丈夫(妄想込み)。